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解体完了、転居しました。 

1月14日から始まった、解体が完了した。
1月30日の午前に終わり、午後から豊橋にパッソで発った。

スケジュールはぎりぎりだった。
写真を載せると切なくなるのでやめておくが、
ひとつひとつ、積み上げ、買い揃え、喜びと思い出が詰まっている店をバラしていく。
まるで骨を拾うような作業だが、それでも自分で見届けたかった。

私が太尊を引き継いで5年ほどしたとき、やぶさんから譲り受けた厨房機器が次々と壊れていった。
やぶさんも長いこと使ってきたから寿命なのだけれど、絶対必要な機械ばかりなので、困ってしまった。
そこで、たまたま来てくれた業者さんがミツダさんだった。
すごく安く売ってくれたし、難しい工事もさくっとやってくれる。
うちの店にないものを覚えていて、これ、嬉しいやろな、と気にかけて持ってきてくれる。
10年、ずっと面倒を見てくれた。

ミツダさんは、口が悪くて俺様で頑固ですぐ怒るがものすごく優しい人だ。
言葉でなくて行動で優しいのだ。ずっとずっとお世話になってきた。
だから、解体はミツダさんにやってもらいたかった。
一緒にやりたかった。

ミツダさんは頭がいいので、段取りを組んで、サクサクとやってくれる。私も怒られながら、手伝う。
毎日洒落にならないくらい寒い。

ちょっと解体をやりはじめて、これは二人では1月中に終わらないかも、と思った。
人夫さんをお願いしないとだめかなぁ、と思っていたら、近所に住むお客さんが二人、サキヤマさんとカドヤさんが毎日来て手伝ってくれた。
二人とも60歳を過ぎているが、男として現役感があるというのか、力もあるし、動きが軽い。
毎日だからさすがに気が引けて、たまには休んでくださいよ、といっても、明日も来たるがな、と笑って来てくれた。
全部わかってて、来てくれているのだ。

一緒に作業させてもらって、男ってすごいなぁ、と思うことがたくさんあった。
私は女の中では身体が大きいほうだが、力は普通だ。できないことが多かった。
4人で戸板を持ち上げるときも、私のところが穴になる。
同じようにできず、自分の店なのに、助けてもらってばかりだ。
男の人は、力があって、優しい。

この二人以外にも、たくさんの人に助けてもらった。

荷物整理と掃除を手伝ってくれたリカちゃん、猫の預かり先を世話してくれたカジさん、預かってくださったタカハシさん、ベッド下の掃除を手伝ってくれたキヨイ先輩、厨房道具の掃除と、銅線を剥いてくれたイマニシくん、壁の飾りや短冊を外してくれたカズマ、連日音がうるさいのに許してくれたこまつ調剤薬局の皆様とはんなりさん、コーヒーの差し入れや道具を貸してくれたか里音さん、なんでもしますよと日にちを空けて待っていてくれたナリ、解体でベッドがなくなり寝る所がなくなってから、自宅に泊めてくださったうどん道楽のおかあさん、お餞別をくれた結城たばこ店のハルちゃん・・・。

そのほかたくさんの人たちが支えてくれたおかげで、なんとかやってこられたのだ。
あったかい人たちがたくさんいる、この小松の町が本当に好きだ。
このことはよく、よく、覚えておこうと思う。してもらったことを忘れたくなくて、今、このブログも書いているのだ。

戸棚、カウンター、シャワールーム、奥の小上がり、ベッド、厨房、フード、表との間仕切りの入り口の壁。
ひとつひとつ、今も解体していく様子が目に浮かぶ。
初めてのことばかりだから、強烈に目に焼きついている。
廃材の山、埃の匂い、のどが痛くなるイガイガした感じ、目の中もザラザラする。
この感覚は、いつまで記憶に残るのだろう。

解体の途中、引越しを2回した。
1回目は、個人の引越しを業者さんに頼み、
2回目は、ミツダさんと宅配の仕事をしているお客さん・コイズミさんに頼んだ。
豊橋では高校の同級生オオバくんが助っ人に来てくれた。
すっぽんの水槽と、厨房機器と、店のテーブルと椅子を運んだ。
大寒波が来ている日で、彦根のあたりも大雪で、高速で超えられるか不安だったが何とかしてくれた。
ここで引越しできなかったら1月中の退去が難しかったので、無茶振りだけど、なんとかしてくれて助かった。

解体が終わり、大量の廃材をトラックに積み、処分に行った。
天気がよくて、ちょっとドライブ気分だ。トラックの返却も1日早くできて安くなった。

廃材がなくなると、店の中はガランとしていた。

荷物を整理して、パッソに詰めていく。コイズミさんが来て手伝ってくれた。

そして、掃除をする。ケレンで細かい汚れをとって、掃いて行く。
壁も拭く。換気扇、排水溝、トイレ。
最後の日は、カドヤさんが来て一緒にしてくれた。
ミツダさんも一緒にしてくれた。

なんにもなくなった太尊跡を一人で眺めた。
なんにもないのに、あるようだ。目を閉じると全部思い出せる。
でももうない。次に進むのだ。がんばろう。

隣の調剤薬局のハヤフジさんや職員の方、か里音のコニシさん、キョーコさんに挨拶し、
最後、パッソで出るとき、仕事から帰ってきたサキヤマさんが、見送りに来てくれた。
じゃあな、元気でな、と言葉少なに力づけてくれた。

預かってもらっていたペケとサンカクをかごに入れて、豊橋に向かった。
と、言っても、私は運転がすごく苦手で、高速なんてとても無理なんです。
だから、オオバくんに頼んで豊橋から来てもらって、高速を運転してもらった。
遠いところ呼びつけてごめんなさい。
最後の最後に死にたくないので・・。

というわけで、今日から豊橋市民になりました。豊橋の皆様、これからよろしくお願いします。

武庫川の皆様、関西の皆様、太尊を愛してくれた皆様、私と関わってくれた優しい皆様、ありがとうございました。
関西が大好きなので、ちょこちょこ、出没すると思います。
そのときはよろしくお付き合いをお願いします。

大好きです。ありがとうございました!




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コメント

読んでて涙が止まらなかったけど
もし、
解体をだれかにお任せしてたら
いつまでもあそこに太尊がある感じがして気持ちの切り替えも難しかったと思う。

シャワーが出来て便利になったことや、サンカクを飼うことになったこと、初代すっぽんを妹さんたちと丁寧に葬ったことなんかが印象に残っています。

皆様の助けは、先代様から2015年まで、太尊とアキちゃんが愛されていた証しですね!
寒い中お疲れ様でした。

またゆっくり会える日を楽しみにしています。

太尊が完全に解体されたのをみましたが、寂しい気持ちが大きいですがそれとともに森下さんは最後まで責任を果たされる立派な方だと改めて思いました。というのもいま全国の飲食店で店をたたむ時に解体作業をいいかげんにしかしない、もしくはまったくしなくて逃げてしまう人も珍しくないなかで最後まで責任を果たされたわけですから。この立派な姿勢だからこそあれだけ美味しいラーメンをつくりあげることができたのだと思います。また森下さんの素晴らしい人柄があるからこれだけたくさんの人に手伝ってもらえるんだと思います。これからも頑張ってくださいね。

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